[travel]板門店ツアー(JSA 北朝鮮/韓国)参加レポート

Korea/韓国

北朝鮮/韓国国境にある板門店(軍事停戦委員会板門店共同警備区域)。訪問出来るのはごく限られた要人だけと思っていたら私のような一般の日本人でも行けることを知り、韓国ツーリング中のソウル滞在中に見学ツアーに参加しました。

板門店とは

板門店(パンムンジョム/はんもんてん、朝鮮語: 판문점)は、朝鮮半島中間部に位置する朝鮮戦争停戦のための軍事境界線上にある地区で、公式名称は軍事停戦委員会板門店共同警備区域。北側の朝鮮人民軍、中国人民志願軍と南側の国連軍で停戦協定が1953年に調印され、同年10月以降は停戦を監視する「中立国監督委員会」と「軍事停戦委員会」が設置され、停戦協定遵守の監視を行っており、60年以上に渡る朝鮮半島の南北分断を象徴する場所となっている

引用元 : 板門店 – Wikipedia

板門店ツアー参加方法と参加規則

板門店見学方法は政府認可ツアー参加のみ

一般の民間人が板門店を見学するのであれば韓国政府が認可する旅行代理店が主催する板門店ツアーへの参加が唯一の方法となります。
参加には年齢(10歳以下不可)や国籍による制約がありますが、日本国籍を有する日本人は原則として制約はありません。一般的なオプショナルツアーと同様に日本から事前にネットで予約することも可能です。

私はツアー希望日の1か月前に日本語対応のKTB TOURSから予約しました。

ツアー参加の厳格な規則

板門店ツアーには服装や行動について厳格で細かい規則が定められています。

服装に関する規則 (主に禁じられている服装とその理由)

・迷彩柄の衣服
(軍関係者と勘違いされ北朝鮮に不要な刺激を与えるため)
・女性のミニスカート、シースルー等の露出の多い衣服
(北朝鮮軍に写真を撮られ「南の女性は性的に堕落している」と宣伝に使われるため)
・ノースリーブ、ダメージ加工、破れたり穴の開いている衣服
(北朝鮮軍に写真を撮られ「南の人間は貧しい服を着ている」と宣伝に使われるため)
・男性の長髪や整髪されていない髪型
(北朝鮮軍に写真を撮られ「南の男性はだらしない」と宣伝に使われるため)
・サンダル、ハイヒール
(戦闘状態になったときに走って逃げられないため)
・軍から不適切と判断され不許可となる服装や持ち物
(特定の国旗や政治スローガンを想起させる文字が描かれた衣服や手旗等)

以前はジーンズも禁止(北朝鮮軍に写真を撮られ「南の人間は貧しくて米帝からジーンズの配給を受けている」と宣伝に使われるため)でしたが、上記条件(ダメージ加工・破れ・穴開き等)に該当しなければ許可されるようになりました。

行動に関する規則 (主に禁じられている行動とその理由)

・許可されていない場所での写真やビデオの撮影
(軍事機密保持のため/北朝鮮軍に不要な刺激を与えるため)
・許可されていない場所への進入
(地雷原が多く死傷する恐れがあるため/亡命と勘違いされ南北両方から狙撃対象になるため)
・北朝鮮側に対して指を差したり手を振ったりする身振り
(北朝鮮に写真を撮られ「南から我々の同志が応援している」と宣伝に使われるため)
・飲酒
(戦闘状態になったときに正常な判断が出来ず走って逃げられないため)
・指定された場所/時間以外の飲食と喫煙

持ち物

パスポートが必要でツアー中は常時携帯が必須です。
予約の段階で姓名・パスポート番号を申請し、ツアーの集合時と移動中でパスポート提示が繰り返し要求されます。ツアー中に国境を越えて北朝鮮領地内に入りますがパスポートにスタンプが押されることはありません。

予約時と参加時で姓名とパスポート番号が一致している必要があるため、ツアー予約後に更新・結婚・離婚等の理由でパスポートの記載内容に変更があった場合、ツアー参加時に新旧両方のパスポート2冊が必要となります。
※特別永住者としての在日韓国人はパスポートの他に在外国民登録謄本が別途必要、在日北朝鮮人は参加自体が許可されません。

持ち物として留意すべきことは、望遠レンズが装着されたカメラ(望遠で撮影出来ると外観から推測されるカメラ)はたとえ実際に撮影しなくても北朝鮮軍に不要な警戒感を抱かせるため携行が許可されない場合があります。

“お客様”ではなく”参加者”

板門店(JSA)は戦闘地域 = 戦争の真っ最中だけどたまたま今だけ休戦している地域です。
自主的に戦闘地域を訪問してツアー中に本当に戦闘状態になり死傷しても、旅行代理店や旅行保険会社からは補償対象外となる場合があります。
ツアー中に参加者が亡命を企てて国境を越え銃撃戦になったり、北朝鮮兵士が板門店で亡命を企てて北朝鮮側から韓国側に向けて銃撃した事件も実際に発生しています。

板門店ツアーに参加しても”ツアー料金相応の待遇を受けるお客様”として扱われず“軍から一時的に許可された民間人の見学者(UNCMAC GUEST)”とみなされます。
わがままや融通はほぼ効かず規則に従わなければツアー途中でも強制的に参加を拒否されます。
身体障害者の参加も制限される場合があります(戦闘地域のため人権や自由は一部制限されます)。

板門店ツアー参加レポート

以下、私が2006年10月にKTB TOURS主催の板門店ツアーに参加した際のレポートです。
撮影禁止場所が多かったため画像は少なめです。

ツアー前日までにリコンファームが必要

予約とは別にツアー前日までにリコンファーム(参加意思の再確認)が必要です。
個人で予約した場合は旅行代理店に電話して日本語で名前・日時・「予定通り参加します」と伝えるかネット経由で指定された方法で連絡すればいいだけです。団体旅行の場合は添乗員さんが代理で連絡していただけます。

私はツアー前日にソウル市内を移動する途中でロッテホテル内の旅行代理店(KTB TOURS)オフィスを訪問して直接リコンファームを済ませました。

集合・出発

8:30
宿泊先ゲストハウスから徒歩でロッテホテルソウルに向かい本館内にあるKTB TOURSオフィスに到着。既に同じツアーの参加者さんが待機していました。パスポートチェックを受けてからホテル駐車場で専用バスに乗ります。

9:00
数十人の参加者がバス2台に分乗してソウルを出発します。
日本人とアメリカ人が半々でバス移動中は2人のガイドさんが交互に英語と日本語での解説を続けていました。

ソウルから北へ向かう

私は眺めの良い最前列シートに座れました。高速道路に乗りひたすら北へと向かいます。道路から見える臨津江<イムジンガン>の川岸には延々と鉄条網が続いていました。

北へ進むにつれて民間車両はどんどん少なくなり韓国軍の車両ばかりになります。
荷台に座る兵士は寒そうでした。

民間人統制区域へ

10:00
臨津江にかかる統一大橋の手前に来ると道路を塞ぐ検問所が見えてきます。検問所脇の道路標識にはTongil Br.(統一大橋)・Panmunjom 9.5km(板門店 9.5km)と表記されています。
道路脇の小さな詰所から迷彩服の韓国軍兵士が出てきて、すかさず彼等にカメラを向けるとガイドさんが「撮影禁止です」と制止されました。ここから先は民間人統制区域で軍による厳重な管理下に置かれ原則として撮影禁止区域となります。その韓国軍兵士が車内に入り、参加者全員・運転手・ガイドさんのパスポートをチェックし一人一人の顔写真を見比べて本人確認をしました。

パスポートチェックが終わりバスで橋を渡り始めます。路上にはバリケードが左右交互に設置してあって直進出来ずゆっくりと蛇行しながら橋を渡りきりました。その後も舗装路が続きますが民間車両は全く走っていません。それでも道路標識だけは設置されていて銅鑼山駅(韓国最北端の鉄道駅)・開城市(北朝鮮の工業地帯)・板門店の行先が矢印で示されていました。

キャンプ・ボニファス到着

10:30
国連軍の軍事基地であるキャンプ・ボニファス(Camp Bonifas)の検問所に差し掛かり2回目のパスポートチェックを受けます。その先の狭い道路をバスはゆっくり進みます。道路両側の森林は全て地雷原で、この辺りには「人間の足首から下が飛び散るだけ(ガイドさんの解説)」の極めて破壊力の弱い地雷が仕掛けられています。

5分ほどでキャンプ内のブリーフィングセンターに到着し参加者全員がバスを降りて室内に案内されます。ここではツアーに関する注意事項の他、朝鮮戦争の歴史、JSAの成り立ち等を動画や写真と共に詳しく解説していただけます。歴史に疎い私にとってその内容は全然知らなかった事実ばかりで、ここで予備知識をしっかり頭に入れておいたおかげでツアーの魅力が増しました。

ブリーフィングの最後にバッジを渡されます。
バッジにはUNCMAC(United Nations Command Military Armistice Commission/国連軍司令部軍事休戦委員会) GUESTという文字と国連軍の記章がプリントされていて、身に着けることにより敵性の無い民間人であることを示します。

訪問者宣言書という書面も手渡され、以下のような文言が記載されていました。

事変・事件を予期することはできませんので国連軍、アメリカ合衆国及び大韓民国は訪問者の安全を保障することはできませんし、敵の行う行動に対し、責任を負うことはできません」(原文ママ)

日本語でツアーでの規則や禁止事項等がやや読みづらい表現で記載されていて、ガイドさんからは「要するに『私は今日ここで死んでも構わない』という意味なので署名してください」と極めて分かりやすい補足説明がありました。ここで署名を拒否するとツアーに同行出来なくなりますので署名をして提出しました。

ブリーフィングセンターの外には朝鮮戦争に参加した22ヶ国の国旗に囲まれた記念碑があり、ここでは写真撮影が許可されました。

軍のバスに乗り換えて出発

11:00
ここでソウルから乗ってきた旅行代理店のバスではなく、軍が管理するJSA見学専用のバスに乗り換えます。軍の車両とはいってもごく普通の観光バスでした。韓国軍兵士が運転国連軍兵士(アメリカ人)が添乗していました。

バスが動き出すと写真撮影禁止が指示されます。

移動中の車窓からキリスト教会や仏教寺院も見えて兵士向けの施設は一通り揃っている様子でした。有名なゴルフコースの横を通過するときは「高い金網に囲まれ、コースは1ホールのみ、OBは全て地雷原、世界で最も危険なゴルフ練習場」と解説がありました。過去にOBでコース外に出たボールが当たって地雷が爆発した事案が実際にあったそうです。

道路はバス1台分がようやく通過出来る幅で森林の中を徐行していきます。森林エリアには戦車を無効化させる程度の強力な対戦車地雷が無数に仕掛けられていて、戦車が乗り越えられない高さの分厚いバリケードが3ヶ所に設置されていました。

林を抜けると軍事緩衝地帯としては違和感のある農地があります。ここは朝鮮戦争前から居住して元々農業を営んでいた農民が、今でも許可を得て実際に農作業をしているそうです。

農地を抜けると道路の右側に軍の待機施設が見えました。板門店に最も近い軍の施設で、有事の際には90秒以内に板門店へ軍隊を送り込み北朝鮮軍を総攻撃出来る体制が整っているそうです。

板門店(JSA)到着

ゲートを通過して先に進むと広いロータリーがあります。ここが板門店(JSA)です。
撮影したくなるところですがガイドさんからはまだ撮影禁止であることの念を押されました。

平和の家の前にバスが停まり参加者はここで下車します。
平和の家の中に入り板門店見学の注意事項を事細かに伝えられ、その後は2列に並んで歩いて展望台へ向かいます。展望台に登ってからようやく撮影許可が出ました。

展望台から見える北朝鮮

展望台から見た平和の家(Home of Peace)

展望台から見た自由の家(Home of Freedom)

展望台からはバスで移動してきた道路も見えました。

展望台からすぐ先は北朝鮮です。

芝生の奥に等間隔に立っている白いポールが北朝鮮/韓国の国境です。
北朝鮮側の丘の上に3階建の監視台があり、望遠鏡と監視カメラを駆使してこちら側を常時監視しています。

有名な軍事停戦委員会本会議場(南北会談場)も目の前です。

南側を警備する韓国軍兵士が微動だにせず北を監視しています。
北から銃撃されたら即座に逃げられるようにするため建物に身体半分を隠すように立っていました。

北朝鮮側の建物は板門閣と呼ばれ、事務室や会談の待合室として使われています。

板門閣の屋上に小さく写っている私服の一般人は北朝鮮側の板門店ツアー客です。北朝鮮でも同様のツアーを実施していて、主にロシア・中国・東欧からの客です。

ここで低画質ながら私が撮影出来た展望台からの動画です。

軍事停戦委員会本会議場(南北会談場)の内部見学

展望台で5分ほど過ごした後は一旦平和の家に戻りいよいよあの青い建物の中へ入ります。

建物内部の見学は北朝鮮側のツアー客と完全入れ替え制で行われます。
「スケジュール通りに入れ替えが行われれば問題無いが、北朝鮮側がスケジュールを守らないことがときどきあり、その場合は韓国側のツアー客が建物に入れないことがある」と事前に説明を受けていました。そんな心配も無く時間通りに見学出来ることとなり、参加者全員で2列に並んで建物内へ向かいます。

軍事停戦委員会本会議場(南北会談場)の内部の様子です。
狭い室内に参加者とガイドさんの数十人が詰め込まれて見学が始まりました。

この室内の中央に国境線が走っています。
室内中央のテーブルに置かれたマイクと旗を介して左側が韓国/右側が北朝鮮です。
この建物内は韓国と北朝鮮で分かれていることになりますが室内の移動は自由でした。

室内では韓国人兵士2名が無言で立って警備をしています。
一人は中央テーブル横、もう一人は北朝鮮側の扉の前に立っています。兵士に触れたり話しかけたりしなければ撮影が許可されていました。ただし、中央テーブル横に立つ兵士の前を横切ることは禁止です。

北朝鮮側の出入口前に立つ韓国軍兵士。
この扉の向こうは北朝鮮です(厳密には私が立って撮影している位置が既に北朝鮮領地内です)。
扉の向こう側には武装した北朝鮮軍兵士が即応体制で待機しています。

ガイドさんからは
「この扉に近付こうとするだけで参加者全員の命の保証は無い」
「誰かが扉を開けたら今夜は参加者全員がソウルに帰れない」

と事前に警告されています。

窓ガラスの外に見えるコンクリートが国境線。
南側のガラスはピカピカに磨かれているのに対し、北側のガラスは水アカだらけで汚れが目立っていました。こんなところにも国民性が出ています。

ここで低画質ながら私が撮影出来た軍事停戦委員会本会議場内部の動画です。

室内の兵士2人の他にも韓国側出入口と室内に計3人の兵士が参加者の動向を常時監視し、室内のマイクで収音された音声は全てソウルと平壌に中継されています。

厳重監視下での見学を5分程度で終え、自由の家に戻るときも2列に並んで移動しました。

JSAでの移動は必ず2列で後ろを振り向かずに進みます。
この隊列を守らずに走り出したり違う方向に向かったりすると亡命とみなされ、その参加者は南北両方の兵士から狙撃の標的にされると同時に他の参加者全員が銃撃戦に巻き込まれる可能性があることをガイドさんから説明されました。その際に死傷しても補償は全くありません。

第3警備所へ移動

再びバスに乗り込み、平和の家と青い建物の間をゆっくりと移動し第3警備所へ移動します。

かなりゆっくり徐行してくれるのでバスの中から軍事停戦委員会本会議場をじっくりと見ることが出来ます。撮影も許可されていますが座席から立ち上がることは禁止されました。

ここで低画質ながら私が撮影出来た軍事停戦委員会本会議場前からの動画です。

第3警備所から望む北朝鮮の宣伝村

第3警備所には数分で到着してバスから下車しました。

小さな記念碑のある場所でガイドさんが解説を始めます。

ここにも朝鮮戦争に参加した22ヶ国の国旗が記された記念碑があります。

すぐ目の前には整備されていない(地雷が大量に敷設されて整備出来ない)雑木林が広がり、その先の北朝鮮が一望出来ます。雑木林の手前にある白いポールが北朝鮮/韓国の国境です。

ここからは宣伝村・帰らざる橋・ポプラ事件の現場が一望出来ます。

肉眼では十分に見えず望遠を最大にして撮った北朝鮮の宣伝村
この日は曇っていてよく見えませんでしたが、この距離では晴れていたとしても鮮明には見えないほど遠く離れています。

我々南側から見て「北朝鮮は豊かな暮らしをしています」と宣伝するかのように作られたことから宣伝村と呼ばれています。しかし、この村の集合住宅には人の気配が皆無で冬は氷点下20度まで冷えるのに窓ガラスが無くありません。工場の煙突からは煙が出たことが一度も無いそうです。村の中央には全高160mの世界一高い国旗掲揚台が建てられています。南側の100m掲揚台に対抗して建立され、国旗の大きさは270畳もあるためにかなりの強風が吹かないと国旗がよく見えないそうです。ガイドさんからは「全然宣伝になってない宣伝村」と解説がありました。

ここでも兵士による監視が行われていますが、先ほどの軍事停戦委員会本会議場に比べると監視は緩やかで、カメラを向けての記念撮影にも応じていただけました。

ここからは帰らざる橋・ポプラ事件の現場も見えました。

第3警備所を離れてバスに乗り、帰らざる橋・ポプラ事件の現場を目の前で見られる場所まで移動します。

ポプラ事件の現場・帰らざる橋

板門店ツアーで最も危険な場所とされていて、バスからは降りられず車内から短時間で通過するのみでした。

ポプラ事件の記念碑
ここには金日成が育てたとされるポプラ並木があります。1976年8月18日、その並木の一本を監視の邪魔になるとして剪定しようとしたアーサー・ボニファス大尉が、金正日の命令を受けた朝鮮人民軍将兵により斧で殺害された事件現場に建立されています。記念碑土台の円は当時のポプラの幹と同じ太さで型取られています。
(ツアー途中で寄ったキャンプ・ボニファスはここで殉職されたボニファス大尉がその名の由来となっています)

帰らざる橋(Bridge of No Return)
朝鮮戦争休戦後に捕虜交換で利用された北朝鮮/韓国を繋ぐ橋。
ポプラ事件後は全く使用されないままとなっています。4本の青いポールが立っている場所が韓国側の橋の入口で、橋の対岸は北朝鮮です。橋に近付くと北朝鮮軍から狙撃される恐れがあるという理由で、かなり離れた場所でしか見ることが出来ませんでした。

私が唯一観たことのある韓国映画『JSA』の舞台にもなった橋ですが、映画というフィクションで描かれた世界と違い絶望的に殺伐とした雰囲気でした。

ここで低画質ながら私が撮影出来たポプラ事件の現場・帰らざる橋の動画です。

これで緊張感の大きい見どころは全て周ったことになりツアーは帰路に就きます。

板門店ギフトショップ

12:00
ソウルに戻る前にキャンプ・ボニファスに戻り基地内の板門店ギフトショップに案内されます。

ここだけは緊張感を感じさせない明るい雰囲気の店内です。
板門店・JSA・北朝鮮に因んだお土産が並んでいる他に飲み物や菓子も売っていました。

北朝鮮産の茶や酒が日本語表記で販売されていました。

JSA限定Zippo防護柵に使われていた鉄条網まで売っています。

ギフトショップ併設のトイレ
天井と床の部分が大きく開いていてドアを閉めても明らかな隙間があり、トイレ内を外側から監視出来るようなっていて全然落ち着けませんでした。

ソウルへの帰路

JSA内部でお世話になった軍管理のバスはここまでの案内となり、ギフトショップからは旅行代理店のバスに乗り換えて昼食に向かいます。

統制区域から出る経路には検問が無く、バスは停車せず気付かないうちにDMZから出ていました。

13:00
途中でツアーに組み込まれたレストランで昼食をとります。

昼食を終え高速道路に乗ると途中で車が全く動かないほどの渋滞となりました。

この渋滞の原因は毎月1回行われるソウルの軍事演習での一時通行止措置でした。演習は毎月15日に実施されていて、この月(2006年10月)は15日がたまたま日曜日だったため翌16日に実施されました。

バス内ではツアー中に撮影した集合写真の販売がありましたが私は買いませんでした。

15:00
ロッテホテルに帰着し、ガイドさんから「次回は我が国が南北統一したときにお会いしましょう」と挨拶がありツアーは解散となりました。

「自由はタダでは手に入らない」

自分が平和な生活圏で過ごしている一方で、戦闘地域の最前線で一触即発を防いでいる方々の姿を目の当たりにすると「平和は戦力の均衡によって維持される」という主張があることも理解出来る気がしてきました。

板門店(JSA)はいつか行けなくなるか存在自体が消滅するかもしれず今のうちに見に行こう、という軽い気持ちでツアーに参加してみましたが、個人的には日本人が最も手軽に行ける戦闘地域かつ日本人が最も手軽に北朝鮮領地に入れる機会だと思いますので、興味のある方には板門店に行けるうちに、板門店が存在するうちに早めの参加をお勧めします。


板門店ギフトショップに貼られていたステッカー

※この記事は2006年10月に参加した板門店ツアーを基に書いた記録です。旅行代理店により日程は異なり、政情や会議のためツアー日程が変更や中止になる場合があります。最新のツアー開催概要は現地の旅行代理店にお問い合わせください。

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