[bike]伊豆大島ツーリング2017 part4(最終回) 地層大断面→波浮港→筆島→大島出発→帰宅

伊豆大島ツーリング2017

伊豆大島ツーリング2017 4日目(最終日)です。
地層大断面→波浮港→筆島→大島出発→帰宅

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朝食&出発

2017年7月17日 – ツーリング4日目(最終日)

06:20 早起きして出発の準備をします。
雨が降っていたらしくバイクと道路が少し濡れていました。

今朝も他のお客さんより早めに朝食をいただきます。
高齢と思われる歩き方のワンコさんがよちよち歩き回っています。

朝食を終えてすぐに出発

今日はまず最初に本日のフェリー出帆港を確認する必要があります。
フェリーは天候等により元町港または岡田港のいずれかに変更されます。

元町港前の掲示板。本日はここ元町港からの出航と掲示されています。
宿とバイク運送手続き場所から近くて助かります。

地層大切断面

先ずは大島一周道路沿いにある地層大切断面へ向かいます。

15000~20000年前から三原山噴火の繰り返しで形成されたバウムクーヘン状の地層が幅約600mに広がっていて、一昨日はトウシキ遊泳場、昨日は裏砂漠へ向かう途中に通過していて2日連続で素通りでした。今日はバイクから降りてじっくり見学です。

元町から約15分、地層大切断面に到着。

バス停の名称は地層断面前で、その他にも地層切断面とも呼ばれていますが、公的な正式名称は地層大切断面だそうです。
立入禁止の看板もありガードレールの外側からしか見学出来ません。

ガードレール外側から望遠で撮るとこれくらいの解像度で撮影が出来ました。

地上から手持ちのカメラ、上空からドローンで撮影。
地上からは巨大な壁に見えても、上空からは広大な地層の一部のみを切り取られているだけのように見えます。

1953年(昭和28年)に大島一周道路建設中に発見され現在まで保存されていて、道路との距離がかなり近くなっています。
地層断面の保護目的だけではなく、人工的な擁壁やアンカーで対策されず崩落の危険性があることからガードレール内立入禁止となっています。

波浮港

地層大断面から約15分、波浮港見晴台に到着。
島の南端にある波浮港を見下ろす展望台です。

ここから見える波浮港の景色。

元々は838年(承和5年)の火山噴火で形成された火山湖(マール)でした。1706年(元禄16年)に発生した地震と津波で岸壁の一部が破壊され火山湖と海が通じてほぼ現在の地形となりました。1800年(寛政12年)にその地形を活かして漁港として整備され波浮港が開港しました。

小さな漁船やボートが行き交っています。

見晴台から短い坂を下るとすぐに波浮港に到着。

港から一本奥の小路に入ると昔ながらの街並が残っています。

この小さな街にある鵜飼商店名物コロッケを買ってそのまま食べます。
店内には芸能人のサインが並んでいました。

この風光明媚な小さな港は数々の歌や小説の舞台になりました。

港から階段を上った先にある旧港屋旅館(現・踊り子の里資料館)

川端康成の小説『伊豆の踊子』で小説に登場する踊り子・薫(かおる)は、川端康成本人と会ったことのある波浮港に住んでいた実在の踊り子・タミをモデルにしていた説があるそうです。
映画版『伊豆の踊子』で撮影に使われた旅館はここではなく伊豆半島の旅館『福田家』です。

旅館として営業していた当時を再現する人形が配置されています。

窓枠の隙間からは薄青の波浮の海。

港とその周辺には波浮港を題材とした音楽や文芸に関わる石碑も建てられています。

都はるみ『アンコ椿は恋の花』歌碑
野口雨情『波浮の港』歌碑
与謝野鉄幹『山めぐり波浮の入江の青めるに影しぬ船と片側の町』短歌歌碑

他の映画・文芸等の作品ゆかりの場所も多々ありつつも、時間的に余裕が無く次の目的地へ向かいます。

筆島

鉄砲場文学の散歩道に寄り道しつつ筆島見晴台に到着。

ここからでは小さく見える筆島

筆の穂先に似ていることから筆島と名付けられたそうです。
元々は大島で最古の火山(筆島火山)があり、火山活動が停止してからは海水に侵食されて火道のマグマだけがほとんど侵食されずに岩頸部として残ったものがこの筆島です。

望遠で撮影。
岸壁から約100m離れた海の中にポツンと立っている岩(溶岩)の塊で、人間が上陸出来そうにないほど尖った形状です。

ドローンで撮影。
陸側の岸壁も元々は火山の一部で、現在でもマグマが地層を貫いたまま硬化した岩脈が残っています。

この岩脈は海岸沿いを歩いて行けば間近で観察出来ますが、時間が足りずこのまま元町へ戻ります

昼食

元町に戻り郷土料理店かあちゃんで大島最後の食事をします。
店内には芸能人のサインが並んでいます。

大島名物のくさや料理が目当てにしていて、席に案内されてすぐにくさや定食を注文。店員さんからは「くさや?大丈夫?」と念を押されました。

くさや定食は想像していたほど臭くありませんでした。
それどころか鼻に抜ける香りが心地良いくらいです。

食後に島のアイスクリーム屋トリトンを再訪。
全種類のフレーバーを試したいところですが残念ながら今からおうちに帰ります。

帰路

食後はすぐ近くの民宿に戻り荷物を全て回収してからチェックアウトしました。お世話になりました。
今から東京本土(竹芝)に戻る手続きを始めることになります。

バイク運送手続き

大島→竹芝(東京港)の便ではバイク運送と乗客(自分)の乗船は全く別々の手続きとなります

まずは元町港前にある運送会社にバイクで行き、バイク本体と大きな荷物を預けます

手続きを終えたら最低限の手荷物を持ち、徒歩数分の元町港へ移動します。

フェリーで帰路へ

元町港ターミナル内の様子。

桟橋以外はほとんど何も無かった岡田港とは違い、ここは吹き抜けのターミナル内に乗客で賑わっていてチケットカウンター・売店・レストラン等が揃っています。三原山噴火の際の避難場所に利用するため大きく堅牢な建物になっているそうです。

ターミナル2階から撮影。
遠くから橘丸が近付きかなり揺れつつも無事に接岸します。

撮影を切り上げて荷物をまとめて桟橋へ向かいます。
接岸してタラップが架けられるとすぐに乗船が始まります

予約済みの2等和室
さるびあ丸とは違い壁際に小さな仕切りと鍵付きの収納があります。
神津島・式根島・新島・利島からの乗客は毛布を被って熟睡していました。

16:20 タラップが外され出航
桟橋と客船を紙テープで繋ぐ古典的なお見送り作法が目の前で行われています。

蛍の光のメロディが流れる中で紙テープが一本ずつ切れていき、地元住民の皆様が手を振りながら大声で「またねー!」と叫びつつ最後まで見送っていただけました。

竹芝(東京港)まで約4時間、部屋にはほとんど戻らず日没から夜の景色を眺めつつ海上の帰路の変化を眺めます。

オレンジ色の夕陽が穏やかな海面に反射する景色を乗客がずっと眺めています。

日没後の19:00過ぎには真っ暗な夜になります。

途中でさるびあ丸とすれ違います。双方の船から乗客がお互い手を振っています。
羽田空港に着陸する旅客機も頭上を飛んでいきます。

レインボーブリッジ下を通過する頃には航行速度も落ち竹芝(東京港)に着岸

手動でタラップが架設されると乗客が小走りに下船していきます。

バイクを引き取り荷物を積んで帰宅

途中で配ったものを除いて自分の手元に残ったお土産。
大島バターはその後もときどき買っています。

ツーリング動画

伊豆大島ツーリング 2017 [ part4 ](最終回) 伊豆大島機車輕旅行 A short trip to Oshima Island

伊豆大島ツーリングを終えて

今回利用した東海汽船は2025年末を最後にバイクの受託手荷物輸送を終了しました。

引用元 : 東海汽船(大型客船受託手荷物としてのオートバイ輸送終了のお知らせ(2026年1月1日~))

2026年以降でも別の運送業者に依頼して貨物輸送としてバイクを持ち込むことは可能ですが、今までよりも手間がかかるようになりバイク持ち込みツーリングのハードルが上がってしまいました。

気軽に自分のバイクを持ち込んでの伊豆大島ツーリングが出来た貴重な体験となったことと、大島の自然や歴史を知るきっかけにもなりました。次の大島来訪の際はレンタルバイク等を利用して島の魅力を再発見したいと思います。


※このツーリングの翌月(2017年8月)にSPARK135をお友達にお譲りし、新しいオーナーさんに大切に扱われています。

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